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2001年3月のコラム
逆さクシャミの話

  出もの腫れもの所嫌わず。という言葉がある。その中でも、突発的でどうしようもないのがクシャミだろう。それこそ神聖な場であろうがどこでもお構いなし。西洋では神々からの警告の合図とされ、「God bless you!」と声をかける習慣まであるという。もちろん、犬や猫たちもクシャミをする。無論、時と場合など関係なしの上に、手で口を抑えるはずもない。診察をしていて真正面に獣医さんの顔があっても気にしない。クシャンと鼻水を見舞ってくれる。神が与え給うた洗礼と考え、にっこり笑って許してあげましょう。

  次のカルテはと手にとると、8歳パグの男の子。名前はゴン太。問診表には「時々、呼吸が苦しくなる。」と記されている。本当に呼吸困難なら大変なことだが、「時々」とある。循環器系の問題や中枢神経系の問題も考えておかねばならない。しかし、種類がパグなら例のやつかもと、ちょっと心当たりがある。これはなにもパグに限ったことではないのだが、いわゆる狆(チン)顔の犬種つまり短頭種の問題であることが多い。

  短頭種は短吻種ともいう。吻とは口を指し、今時では流行らぬ接吻という言葉は、だからキスのことなのである。短吻種には、狆を筆頭にパグ、シーズー、ペキニーズなどなど、日本における人気室内愛玩犬というカテゴリーに属する犬種が多い。吻の長い精悍なコリーとは対極の愛らしいワンちゃんたちである。しかし、吻が短いことでの問題点は多かれ少なかれこのカテゴリーの犬種にはつきまとう。鼻孔が小さい、軟口蓋が下垂しているなど、鼻の穴から肺に至る空気の通り道つまり気道の抵抗が大きいのである。特に吻が短くなった分咽喉頭にしわよせがきて、喉頭鏡で喉の奥を見ようとしても、粘膜のひだしか見えないくらい気道が狭くなっていることもある。当然、空気の通り道が狭いのだから、同じ1回の呼吸をするにも多くのエネルギーを必要とする。可愛そうなことに、犬は呼気で体温を調節しているため、熱を逃がすのに多くのエネルギーを必要とすれば、放熱の効率は落ちてしまう。結果としてハーハーとパンティングがなかなか納まらない。さらに悪いことに、これらの犬種はなぜか落ち着きがない。大阪弁で「ガサ」と呼ばれるじっとしていられない性質なのである。これが重なるといつも見かける、ちょこまかちょこまか動き回り、ハーハーハーハー舌を出し、まーちょっと落ち着こうね!と声をかけたくなるようなワンちゃんになるのである。ここまでなら、それも個性と獣医さんの出る幕はない。しかしこれに肥満や刺激の多い環境や温度の高い環境が加わると、粘膜は余計にせり出し、パンティングはさらに激しくなり、気管が押し潰されたホースのように変形してくる気管虚脱や、軟口蓋の過長症の症状が出てきてしまうのである。イビキ・ノド鳴り・咳などなど。重症の気管虚脱では慢性の咳によって肋骨が疲労骨折したり、窒息したりすることもある。いわゆる短頭種症候群と呼ばれる一連の疾患群である。

  その症状の1つにReverse sneezingというのがある。直訳すれば逆さクシャミであるが、良い日本語がない。咽喉頭の狭さが影響し、鼻腔に不快感を覚えて、すっきりするまでいわば「鼻を鳴らすようにすする」のである。ちょうどプールで鼻から水が入ってきて気持ち悪くてズーズーと鼻の奥をすするようなあの行為である。これを突然目の前でやられると、「息が出来ないの?」と、たいていの飼主さんたちは驚いてしまう。かなり人騒がせな症状ではある。

  「ゴン太ちゃん、息が苦しそうだったのですか?」と聞くと、

  「はい、突然なんだか変な風になって、しばらくすると何にも無いんです。」

  話を聞くと、元気・食欲・イタズラぶりも申し分なく、咳などの症状もない。イビキだけはお父さんよりすごいとのこと。身体検査上も、心音呼吸音とも異常なく、体重はかなり多め。喉を見ようと口を開き、舌を指で押し下げても、両側からせり出した粘膜の襞壁で奥はほとんど見えない。これはということで、短頭種症候群の話をし、逆さイビキの話をしても、まだ余りピンとは来てもらえない。こうなったら奥の手を使うしかない。

  「あそうそう、それですそれです!」と言ってもらいたいばっかりに、そして減量や環境の整備に真剣に取り組んでもらいたいばっかりに、恥ずかしさをこらえ、噴出す汗をものともせずに、「病院名物☆逆さクシャミの声帯模写ショー」の始まり始まりー、と相成ったのである。

(文責:よしうち)
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