出もの腫れもの所嫌わず。というのは、前回の「逆さクシャミの話」の冒頭でも書いた。しかし、「あくび」というのはどうだろう。学生時代、眠い退屈な講義中には、あくびをかみ殺すのが仕事だったような気もする。脳に供給される酸素を増やし、疲れてきた脳をリフレッシュさせ覚醒させる働きを担うのがあくびだと聞いたことがある。眠気の信号、脳が疲れたという合図ともとらえられる。もちろん、犬や猫たちにも「あくび」はある。大草原に寝そべるライオンの大あくびなど、さすが百獣の王と、貫禄や余裕を感じてしまうのは自分だけではあるまい。
診察が一段落し、隣の診察室をのぞいてみると、可愛らしいシェルティーの、そう生後6ヶ月くらいかなというような、いわゆる子犬と成犬の中間くらいのジュニア年齢のわんちゃんが診察台の上に載せられている。スタッフ獣医師がなにやら一生懸命説明し、オーナーは熱心に話に耳を傾け頷いている。と、するとそのシェルティーは突然、口を大きく開き、赤い舌を少し巻き加減に、生えたばかりだろうきれいな永久犬歯を光らせながら、あくびをしたのである。しかし、話が長くて退屈しているのでないことは、様子を見れば分かる。むしろトイレを我慢してモジモジしているような、落ち着かないそぶりなのである。と、また、そのシェルティーが大あくびをした。あらあらと思いながら、もう少し見ていると、どうやら採血をすることになったようだ。これはてこずるぞと思ったのも束の間、保定しようとする看護スタッフの手を振りほどこうと大暴れになってしまった。
このシェルティーくんの大あくびは、決して眠かったわけでも、脳が疲れていたからでもない。逃れたくても逃れられない診察室に置かれ、その緊張を緩和しようとする行動だったのである。一見してしっかりと目のさめている動物の大あくびは、その場の状況とは無関係で唐突な行動に見える。しかしその行動をとることで、ストレスや緊張を緩和しようとしているのだ。これは、行動学的に「転移行動」と呼ばれる行動なのである。
人間でも、例えばクラスの皆の前で作文を読みなさいと名前を呼ばれたときに、頭をかきながら立ち上がるという場面は珍しくない。決して彼はそのとき頭が痒かったわけではない。しかしその場の状況とは無関係の頭をかくという行動で、緊張感をほぐし、作文を読むという目的を何とか達成しようとしているのである。
まだまだ、「転移行動」は他にもある。入院することになった猫ちゃんを入院室に入れ、しばらく見ていると突然毛繕いを始めた。なんとも大胆で、余裕のある行動に見える。この猫ちゃんは慣れない環境も何のその、どこでも我が家の豪傑と思ったら大間違いなのだ。診察を受け、入院室に移され、緊張とストレスから転移行動としての毛繕いを始めたのだ。緊張感をほぐそうと一生懸命毛繕いしている良い子ちゃんなら、処置はもう少し後にして、入院室に慣れるまで、しばらくはそっとしておいてあげましょう。30分もすれば、スリスリとすり寄って来てくれるSweetな猫ちゃんに違いないのだから。
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