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2003年5月のコラム
ダイエットの話(その2)栄養学編

  先月に引き続き、ダイエットの話である。自分自身もひそかに減量を試みているが、成果は思ったほどには上がっていない。なるべくお酒を控え、満腹になるほどは食べないようにと心掛けているだけなのだから、それも致し方ないのかもしれないが、それでも、1ヶ月で1kg少々の体重は落ちてくれたのだ。体重というのは不思議なもので、落ち始めるまでにしばらくの期間があり、動き始めるとそれなりに動いてくれるものと信じている。なんとか気落ちせずに頑張りましょうというところで、先月のハナちゃんはどうなったのか、続編と行こう。

  次のカルテはと手に取ると、日本犬のハナちゃんである。体重測定に来てくれたのだ。どうなったのだろうかと期待と不安を感じながら診察室に入ってもらう。

  「足の方はどうですか?」と問うと、

  「2、3日で普通に戻りました。」とお母さん。

  「チューはどうですか。気に入ってくれましたか?」

  ええ、大好きで、一心不乱にかじってくれます。」と、とても嬉しそうだ。

  先月、帰宅後に家族会議を開き、皆で間食を与えないように決め、その代わりチューを交代であげることにしたそうだ。お父さんも、晩酌をしながらついおつまみをあげたくなるのをこらえ、代わりにチューをあげるようにしてくださったようだ。ハナちゃんも最初は喜んでチューをくわえていたようなのだが、お父さんがおつまみを口にすると、チューを放り出しておつまみ頂戴をしてしまう。そこで、お父さんが放り出したチューを取り上げると、それも惜しいらしく、結局チューをかじってくれているらしい。

  「それじゃ、間食は無くなったということですか、よかったですね。さっそく体重を計ってみましょう。」
  そう言って、ハナちゃんの体重を測定すると、先月からわずかに500g減っているだけだった。

  「あまり落ちてないんですね。」とお母さん少々がっかりした様子。

  「確かにあまり落ちていないですが、フードをけっこう食べてくれてたんじゃないですか。規則正しく食べるようになってくれていればそれで十分ですよ。」

  詳しく聞いてみると、いままで、いつ食べているのか良く分からなかったフードが、ちゃんと減るようになってきたので、無くなっていれば補充していたのだそうだ。

  「そうですか。それなら仕方ないかもしれませんね。間食がなくなれば、次は規則正しく食べる習慣付けですね。」

  「朝夕2回、もしくは人間同様3回食でもかまいません。決まった時間に与えるようにしてください。いつでも食べられるというのは親切なようですが、実はその反対です。食事時にしか食べられないから、食事は嬉しいものですよね。」

  胃腸の方も、規則正しい食生活になれば、きちんとその時間には消化の準備をし、休憩するときには、きちんと休憩するように、リズムができることや、今までのようにダラ食いでは、時々嘔吐したり、食欲のないときがあったりと、健全な状態は保てないことを説明した。

  「確かに、今まで時々もどしたりしていました。でも、翌日にはけろっとしていたのであまり気にとめていませんでした。」と、お母さん。

  さらに、ダラ食いでは、尿のpHがアルカリ性になっている時間が長く、結石ができやすくなることなどを説明した。

  そして、ダイエットの本題に入った。ハナちゃんの1ヶ月間のフード消費量を聞いて日量を計算してみた。1日3カップ。決してすごく多いわけではない。むしろ、今の体重を維持できるぎりぎりの線である。しかし、決して減っていくことのない分量であることもまた確かなのである。一般的に動物の必要エネルギーの計算は、体重の3/4乗に70を掛け、さらに1.25倍して求める。(子犬ならば1.25倍の代わりに2.0倍という倍率を用いる。)けれども、減量する場合、それを25%程度カットしても、一向に体重が減らないことが多い。それは、ドッグフードは本来カロリー密度の高い食品であり、利用されずに排泄されている部分があるということなのだ。そこで、フードの量を減らすと、胃腸はエネルギーをしっかり吸収しようと効率をアップしそれに対応してしまう。したがって、しっかり減量しようとすると、目標体重の維持量のさらに1/3から1/2をカットしなければならないと言われている。ここまで説明すると、

  「それじゃ、ハナちゃんが減量しようとすると1日3回、1回カップに半分くらいにしないとだめですよね。」とお母さん。

  「いえいえ、目標体重の維持量の半分なら、もっと少なくなってしまいますね。」

  「ハナちゃん、絶対に我慢できないです。」とお母さんは悲鳴のような声を上げた。

  無論、本気でその量しか与えてはいけないといっているのでないことは、お母さんも分かってくれている。さらに説明を続ける。

  エネルギーだけを考えるなら、確かに分量を減らせばよい。しかしそれでは、ハナちゃんの食欲を満足させられないばかりか、エネルギー以外の必要な栄養素の不足が生じてしまう。制限したいのは、分量ではなく、ビタミンやミネラルでもない。また、体を形作るタンパク質も脂肪酸も不足を生じさせてはいけない。単にエネルギーだけを制限したいのである。

  従って、理想的な減量食とは、あらゆる栄養素をバランスよくしかも過不足なく含み、カロリーだけが低い食事ということなのである。それでいて、満腹感がありなおかつ美味しいものであれば、言うことはない。この条件を完全に満たすものなどありはしないだろうと、あきらめの境地に陥りかける。いやいやしかし、そう諦めたものでもない。

  ドッグフードの加工技術は相当進化している。最近の減量用療法食は、普通のフードとさほど嗜好性の差はなく、かつカロリーの低いものが作られている。その多くは、食物繊維を多く配合することで、いわゆる反栄養素と呼ばれるような犬の消化管では利用できない成分を増やしてあるのだ。フードメーカーごとに特色があり、ピーナツの殻の繊維を配合したり、テンサイの繊維を配合したりと、工夫が凝らしてある。単にカサを増やす効果だけではない。消化管を通過していく間の栄養吸収を緩やかにし、血糖値の上昇カーブがなだらかになり、長くなる。腹持ちがよく、インシュリン分泌がかなり少なく抑えられる。今時流行りの低インシュリンダイエットと原理は同じである。なおかつ、ビタミン類は強化され、タンパク質は質の良いものが厳選されて適度に配合されている。

  全く問題がないわけではない。極端に不溶性繊維の多いフードを与え続けると、腸の壁が薄くなっていくという問題がある。これは、腸粘膜が直接栄養素として取り込んでいる短鎖脂肪酸が減少するためで、短鎖脂肪酸を産生する消化管内での適度な食物の発酵が抑えられるからと考えられている。したがって、急激に体重を落とす必要性のない場合には、ほどほどに不溶性繊維を加えたマイルドなものの方が良いかもしれない。いずれにしても、極端に不溶性繊維の多いフードであっても、かなりな長期間にわたる投与でない限り、大きな問題とはなりえない。

  ここまで説明をし、各社の減量用療法食のパンフレットをひろげて、ハナちゃんのためのフードをお母さんと一緒に選んだ。

  計算上では、一般のフードに比べて2倍も3倍もの分量を与えられるものではないが、かなり多めに与えることはできる。それになにより、腹持ちが良いので、ハナちゃんも何とか我慢してくれるだろう。

  「お母さん、がんばってくださいね。来月の体重測定、楽しみですね。」

  そういいながら、軽量カップにホワイトのマジックでここまでという線を入れた。
ハナちゃんはといえば、フードのパッケージが気になるらしく、しきりとにおいを嗅いでいる。

  これなら大丈夫、食べてくれることは間違いなさそうだ。そう思いながら、ハナちゃんのおなかと、自分のおなかを見比べてしまった。ハナちゃんに負けないように、自分もがんばるぞ。そうひそかに決意を新たにしたのだった。

(文責:よしうち)
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