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2003年9月のコラム
アイコンタクトの話

  「アイコンタクト」という言葉が広く使われるようになったのは、Jリーグが出来て間もない頃だったように思う。ゴール前に走りこんだ選手とアシストする選手の一瞬の眼と眼の会話が「アイコンタクト」として大きく取り上げられたのではなかったろうか。けれども「アイコンタクト」は、Jリーガーの専売特許ではない。恋人同士、職場の同僚、などなど「目は口ほどにものを言い。」という諺もある。ならば、愛犬とその飼い主の場合はどうなるのだろう。言葉はしゃべれぬ犬なれど、やはり、「目は口ほどにものを言ってくれる」はずなのだ。そういう意味で、愛犬とのアイコンタクトはまぎれもなく「動物との会話」そのものなのではないだろうか。

  次のカルテはと手に取ると、ウェスティーのリンリンちゃん。7ヶ月令。ワクチン接種の折に外耳が炎症を起こしかけていたので外耳処置をし、以後定期的に外耳の処置に通ってもらっている。早速診察室に入ってもらった。

「耳を痒がったり、首を振ったりしていませんか?」
「いいえ、大丈夫です。」
「そうですか。それじゃ診察台に乗せもらいましょうか。」

  抱っこしていたリンリンちゃんをお母さんがそっとかかえて下ろすと、リンリンちゃんはきちんとお座りをし、お母さんの顔を見つめる。

  「(がまんしなきゃいけないの?)」とでも問いかけているようだ。

  お母さんも笑いながらリンリンちゃんの眼を見て、ウンウンとうなずきながら、

  「すぐ終わるから、良い子ちゃんにしててね。」と話しかける。

  二人の会話を見ながら、ホーッと感心し、心から拍手を贈りたくなった。

  実はリンリンちゃんは、3ヶ月前には「(うかつに手を顔の前には持っていけないぞ)」と気を引き締めなければならないくらい、心を開いてくれないワンちゃんだったのだ。もちろん仔犬なのでじゃれて甘噛みするのは珍しいことではないのだが、お母さんから相談されてよくよく話してみると、ほとんど本噛み状態だった。

  いけないことはいけないと叱り、リンリンちゃんを取り巻く5人の家族はそれなりに一生懸命かわいがり、しつけをしようとしておられた。けれども、家族みんなが一貫した態度ではなく、また、メリハリ無く漫然とかわいがり、ダラダラと叱っておられるようだった。結果的に、リンリンちゃんの家での生活はとてもストレスフルなものになり、持って備わった優位性と相まって、気に入らないことをしようとすると、手にぶら下がってしまうほどに噛みついて離さないことも珍しくなくなって来ていた。

  本噛みになっていると知らなかった当初は、

  「叱っちゃだめですよ。」
  「ほめる事をさせてあげて、一生懸命ほめてあげるんですよ。」
  「叱るようなことをさせなくてもすむように、部屋を片付けて予防線を張るんですよ。」

と、アドバイスをしていたのだが、子供さんが噛まれてケガをしたと相談を受け、大急ぎ無理をお願いして知り合いのしつけインストラクターの先生を紹介したのだった。

  しつけインストラクターの先生の指導で、まず家の環境作りから始め、ハウスをこさえ、叱られているとリンリンちゃんが感じていない・理解できない叱り方を一切やめてもらい、ご褒美やおもちゃを使って動作を教え、良い行動をとったときには心からほめてあげる。そしてそれを繰り返し、リンリンちゃんにどんどん飼い主さんを好きになってもらう。やってほしくないことをリンリンちゃんがしたときには、ただ無視をする。

  一歩一歩、絆を深める毎日が繰り返されたのだった。

  先月の外耳処置の折には、まだ気を抜けなかった。リンリンちゃんの視線は綿棒を持つ自分の手に注がれ、時に鼻にシワがよる事もあった。噛みに来るぞという瞬間にサラッと頭をなでたり、姿勢を変えたりして、ハンドリングだけで噛むきっかけを与えないようにする。リンリンちゃんと真剣勝負しながらの外耳処置は結構きつい仕事には違いない。しかし、一度でも診察室で獣医に噛みつき、興奮し、大騒ぎになれば、次からは外耳処置が出来なかったり、マズルをはめなければならなかったりするようになってしまう。リンリンちゃんにとって決定的な経験は一度でも一生引きずるかもしれない。そんなことを考えながら、嫌な経験をさせずに処置を終わらせることに集中していたのだった。

  外耳炎はほんの軽いものだ。けれど、それでも「毎月来てもらう方が良いですよ」とお勧めするのは、悪化して痛みを感じるほどになってしまえば、リンリンちゃんにとっては普通の外耳処置も二度と味わいたくない嫌な経験になってしまう。そうお母さんに説明していたのだった。お母さんもスルリスルリとリンリンちゃんの気をかわして何でこんな外耳処置が出来るのだろうと不思議に思っておられたに違いない。毎月熱心に処置に来られる。そして、最近では、リンリンちゃんがどんなに良い子になったか話したくて仕方が無いようだ。

  リンリンちゃんの今月の処置はスムースに終えることが出来た。たまに綿棒を持つ自分の手に視線を走らせることはあるが、フッと視線をそらせ、諦めてくれているようだ。むしろ、お母さんの顔を捜し、

「(こんなに良い子にしているよ)」と眼で訴えかけているのだ。

「良い子ちゃんになりましたね。お母さん方の努力も素晴らしいですが、リンリンちゃんも、よくがんばりましたね。」

そう話しかけると、お母さんは眼をウルウルさせながら、

「良い子ちゃんでしょー。」

と、リンリンちゃんを眼の中に入れても痛くないくらいの愛情がほとばしる。

  陽性強化のパピートレーニングの何よりも素晴らしいことは、愛犬と飼い主さんの絆が本当に強くなること。その絆の深まりを目の当たりにし、体罰でたたきこむことでは決して得られない「愛」を実感するのだ。

「また来月、良い子ちゃんの耳を見せてください。」

そう言って診察を終えると、リンリンちゃんは、

「(やっと終わったよ。早くドアを開けて)」

そうお母さんに眼でせがんでいるのだった。

(文責:よしうち)
* 従来、診察の際の限られた時間でのしつけ指導や、ご相談をお受けした場合のしつけインストラクターの先生のご紹介にとどまっておりましたが、ようやく体制が整い、当センターへ予防に訪れる仔犬たちのために「パピートレーニング」の教室を開催する運びとなりました。リンリンちゃんのしつけインストラクターの先生に来ていただきます。詳しくは、当センター受付まで。
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