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  今夏の台風ならびに新潟県中越地震の被災者の皆さまに、お見舞い申し上げますと共に、1日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。
  1日1日と秋が深まる中、冬の到来までに被災された方々が何とか安心して冬を越せる準備をと自治体ほか関係各位の不休の努力が重ねられていることと思います。全ての被災された方々に、暖のあるお正月を迎えていただきたいと、ただただ願うばかりです。

2004年12月のコラム
ネコ風邪の話

  さて、その避難所等でも問題になることのひとつに風邪の蔓延がある。この風邪という言葉は自分たちにとって厄介な言葉の一つなのだ。本当に何気なく「動物に風邪はあるのですか?」などと聞かれる。

  しかし、風邪という概念は往々にして人によって異なるものなのだ。何種類かのいわゆる感冒ウイルスによる上部気道炎を一般的には風邪と呼んでいる。つまりウイルス感染症のはずなのだが、ストレスによってかかる、とか、疲れがたまるとひいてしまう、とか、感染症であるという本質を飛び越して、疫学論的なことにのみ意識が向いている方が多い。確かに、風邪の語源をひもとけば、風=環境の変化、邪=体のひずみ、ということで、気温や気候の急激な変化で体に生じるひずみが即ち風邪なのだ、と言うことになる。それはそれでよし。科学や医学の未発達な時代に生まれた言葉なのだから。しかし、科学の発達した現在においても、感染症であるという認識が非常に希薄なことは間違いない。特に感冒ウイルスの中でも重篤な症状を引き起こしうるインフルエンザに関心を払ってもらおうと、インフルエンザは風邪ではありません伝染病です、と躍起に広報したりするのは、感染症に対する啓発のための苦肉の策とも言える。

  次のカルテはと手に取ると、日本猫のミースケくん、9歳。風邪をひいたみたい、とメモがはさんである。さっそく診察室に入ってもらった。

  「風邪のような症状があるのですか?」

と問うと、

  「はい、くしゃみ、鼻水、涙目で。。。」

と、お母さん。

  「食事は摂っていますか?」

  「それはちゃんと食べてくれます。」

  「そうですか、それは良いことですね。」

  「ワクチンは受けておられますか?」

  「いいえ。子猫のときから家の周りに棲みついて、何年か前からようやく家の中に入って食事をしてくれるようになったんです。」

  「半分ノラちゃんみたいなもので、ほったらかしなんです。」

  「そうでしたか。じゃ、去勢もしてないですよね。」

  「この地区はネコエイズも珍しくはなくて、外へ自由に出て行ける飼い方は避けたほうがよいのですが。」

  そんな話をしながら、身体検査をし聴診をした。ミースケくんはなかなか貫禄のある茶トラの大きなネコだが、ご近所中でかわいがられているのだろう、全く診察台の上でも物怖じせず、ゆったりと寝そべってゴロゴロのどを鳴らしている。ゴロゴロのせいで聴診はさっぱり聞き取れなかったが、一般状態が良いことだけは確かだ。この人懐っこさで、お母さんも家に上げてくれたのだろうと納得した。

  確かに、ミースケくんは鼻をグスグス鳴らし、涙目で、聴診の間にも一度グシャっとくしゃみをした。熱はなかった。

  「先生、猫ってよく風邪をひくのですか?」と、お母さん。

  「風邪というよりはインフルエンザのように伝染病と考えていただいた方が懸命ですね。」と、伝染病に力を入れてさりげなく答える。

  実際、ネコで風邪のような症状を引き起こす病原体はヘルペスとカリシとクラミジアがほとんどで他のものは考慮に入れなくても良いくらい少ない。ならば、ネコ伝染性鼻気管炎、カリシウイルス感染症、クラミジア病と呼べば、風邪という言葉は不要なくらいなのだ。この3つを総称してネコ風邪ということにでもしようか。そんな話をしながら、一般的な血液検査とFeLV/FIVのエイズチェックをさせていただいた。

  もしFeLVかFIVのいずれかでも(+)なら、ミースケくんの風邪症状はうんと長引き、ひどいときには肺炎まで併発してしまうことを考慮しなければならない。

  幸運なことにミースケくんは大きな血液学的異常もなく、エイズにも白血病ウイルスにも感染していなかった。

  「良かったですね。一般状態もそれなりに良いですから、細菌の二次感染を防ぐための抗生剤の投与とインターフェロンの点眼で様子を見ていきましょう。」

  「猫はにおいが分からない物は怪しんで決して食べようとしません。したがって、鼻がつまってしまってにおいを嗅げなくなると物を口にしなくなります。ですから、鼻の周りは清潔にして、点眼を頻繁に行い、少しでも鼻粘膜のコンディションが悪くならないようにしてあげてください。もし、食べられなくなったら、点滴などの支持療法も必要になります。」

  「ところで、少し気になったのですが、先ほど良く風邪を引くのかとお尋ねになられましたが、ミースケくんのネコ風邪は初めてではないのですか?」

  「はい、2年ほど前にもひどい風邪で。そのときはまだ良く懐いてくれていなかったので病院に連れて行くこともできず、ずいぶん長くかかっていたようですが、自分の力で治ってくれたんです。」

  「そうでしたか、ならばミースケくんがキャリアーである可能性は高いですね。」

  「えっ」というお母さんの反応を確かめながら詳しい説明を始めた。

  ネコ伝染性鼻気管炎の病原ウイルスはヘルペスといわれるウイルスなのだが、気道の粘膜以外に神経にも親和性を持っている。このヘルペスに感染し風邪症状が出、免疫が作られ始めると、ヘルペスウイルスは逃げ場を求めて神経線維内に入り込む。神経線維の中にまで免疫は働くことができないため、ちょうど神経の中に生きたヘルペスを封じ込めたような格好になるのだ。免疫が持続している間はヘルペスウイルスも身動きがとれず全くの健康体とかわらないのだが、時間の経過と共に免疫が弱まり。また、発情行動などで体力を消耗して免疫力が落ちると、やおらヘルペスが神経線維内から出てきて悪さをはじめ、風邪症状を再発させるのだ。

  今回のミースケくんの症状も新たな感染というよりは、ヘルペスを体内に持っていて、気温がぐんと下がり、体力の落ちた時期に再発ということになった可能性が高い。

  「このようなヘルペスキャリアーのネコちゃんでは、定期的にワクチンを接種し、免疫が落ち込まないよう注意していくことが大切なんです。」

  「わかりました。この風邪が治ってもそのままにせず、定期的にワクチン接種を受けるようにします。」と、お母さんの顔には愛情があふれている。

  ミースケくんの場合、事情が事情なだけに子猫のときにワクチン接種をしておけばよかったのですがとは口に出せなかった。けれども、病原性のあるヘルペスに体内に侵入される前にワクチン接種をしておけば神経線維に逃げ込まれることはなかったことだけは間違いない。

  「ミースケくんがキャリアーになってしまったことは残念なことなんですが、上手に対処してゆけば、十分健康に暮らせますから心配は不要ですよ。」

  そういってお母さんを元気付けた。

  相変わらずミースケくんは診察台の上でくつろいでいる。

  「君なら少々のことがあっても大丈夫。間違いない。」

と、FeLVにもFIVにも感染していなかったミースケくんに、思わず敬意を表したのだった。

(文責:よしうち)
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