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2005年6月のコラム
フードの話

  「さんま苦いか塩っぱいか」などと、秋でもないのにさんまの話。さんまと聞いて目を閉じれば、カンテキに炭を熾し庭先で焼くさんまの脂の焦げるにおいや、夕日に家路を急ぐ少し物悲しいような気持ちと家の灯かりが見えたときの安堵感、カラスの鳴き声まで蘇ってきてしまう。

  最近の子供たちはどうなのだろうか。骨なしさんまなるもの、獲れたての新鮮なさんまが東南アジアへ運ばれ、そこで安い人件費で骨を抜かれ即座に冷凍される。一片の肉のように加工されてしまうのだが、それを調理して食べると確かに旨い。さんまのような気はするのだが、さんまを食べている気にはなれない。しかし立派にさんまの栄養価はあるのだ。わたの周りの苦いところが旨いのにとか、季節感がなくなるとかは言いっこなし。調理の手間は省けるし、骨をのどに引っ掛けることもない。「普通の魚は嫌いやけど、骨なしさんまは好き」とは、インタビューに答える小学生の弁。きっとステーキよりハンバーグが好きなのだろう。寂しい話ではあるがそれが現代なのかもしれない。

  ひとたび話を動物の食事に移すと、それこそさんまの郷愁とは無縁な世界ではある。ドッグフードやキャットフードを犬猫に与えるのが今では当たり前のことになっている。

  25年前、大学の付属動物病院でインターンをしていたときに、ヒルズが始めて日本に処方食なるものを持ち込んだ。その頃の日本人の食卓は欧米化が顕著になり、マクドに代表されるファストフードが全盛を迎えようとしていた。しかし、犬猫の食事にはようやくドッグフードなりキャットフードが取り入れられ始めた頃で、人の残り物が犬猫に回されることも珍しいことではなかった。そのヒルズのドクターモーリス研究所がけん引役となって、犬猫の栄養学が目覚しい進歩を遂げ、いつのまにか、栄養学的な見地では、人の食事よりはるかに優れたものを犬猫が食べている時代が到来した。その結果、動物たちの長寿化が猛烈な勢いで進み、早熟化というおまけまで付いてきた。

  そのドッグフードやキャットフードにも問題がないわけではない。さらに、それを購入する人たちにフードに対する誤解や迷信も数多くある。

  4ヶ月令のミニチュアダックスのたくま君に3度目のワクチン接種を終え、ワクチンアレルギーが出ないことを確認するために、お母さんと診察室で四方山話を始めた。

  「せんせ、ドライフードって缶詰フードより歯にいいんですよね。」

と、お母さん。

  「ほんとにそう思わはりますか?」

と、ちょっと意地悪な質問を返しながらお母さんの顔を見る。少し困ったような表情をしながら、

  「何となくいいような気がするんですけど、ちがうんですか?」

  ニコニコと笑みを返しながら解説を始めてしまった。

  「お母さんは、夜寝る前に歯を磨いてそれからあとで歯にいいからということで硬いおせんべいをかじって寝るんですよね。」

  われながら根性の悪い聞きかただが、目が笑っているので、つられてお母さんも、アハハと笑い始めた。

  歯石や歯周病の原因となる食べかすは、ドライフードでも缶詰フードでも同じように口に残る。つまりどちらも同じくらい歯に悪いということなのだ。これは統計でも証明されている。最近売られ始めたオーラルケアに配慮したフードは、リン酸などを多めに配合し、歯石形成を抑えるような工夫がしてある。決して硬いから歯に良いわけではない。

  「それじゃ、缶詰フードばかりでもいいんですよね。」と、お母さん。

  「もちろんそうです。缶にするか、ドライにするかはもっと違った部分を比較する必要があります。」

  「まず、コストの面ですね。それから、与えるときの手間。そして添加物の問題。」

  「この3点が大切ですね。」

  水分を含まないドライフードは缶詰フードよりうんと軽い。パッケージも缶と袋では重さもかさも比較にならない。輸送コストがぜんぜん違うのだから、結果として缶詰フードはドライフードの1.5倍の値が付いてしまう。

  与えるときの手間も、カップですくって入れるだけのドライと比べれば、プルトップを開け、さじで盛り付け、残りは密閉容器に移して冷蔵庫へという缶はとても面倒だ。この2点においては圧倒的にドライ有利となる。

  しかし、嗜好性はどうだろう。歯ごたえのあるドライと、口当りのよい缶詰、動物の好みにもよるだろうが缶詰有利と見た。そしてさらに添加物の問題がある。

  ドライフードの保存性は何によって担保されているのだろうか。無論その製法に基づく乾物の特性といってしまえばそれまでだが、ことはそう単純ではない。

  フードに含まれる脂肪は栄養素の中でもっとも傷みやすく、酸化を受け栄養価を損ない、嗜好性を悪くし、体に有害な成分を生じてしまうことさえある。したがって、品質と安全性を維持するには酸化を防ぐことが必要となる。缶詰フードは高度な気密性によって酸化から守られているのに対し、ドライフードは現在の包装技術では保存料の使用を余儀なくされている。保存料を使用しないドライフードは危険であり現実には存在しない。

  ならば、「完全自然食品」・「保存料無添加」と銘打たれたフードはウソの表示をしているのか?これはウソではなく、自然保存料としてビタミンEやビタミンCが用いられているだけのことなのだ。現在、ドライフードにはエトキシキン、ブチルヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキシアニソールなどの人工保存料が用いられているものと、前述の自然保存料が使用されているものとが存在する。自然保存料で十分なら全て自然保存料にすればいいのではないのかと指摘されそうだが、これとてやはりそう単純な問題ではない。自然保存料は人工保存料ほどの効果がなく、自然保存料を使用したフードは、傷みの激しいフードと考えなければならない。

  エトキシキンを例にとると、この物質はダイオキシン系の化合物で、生理撹乱物質である可能性を全面的に否定できるものではない。しかし、アメリカのFDA 獣医医療センターの安全性に対する調査によると、今現在、生殖器異常やその他の健康問題の報告は一切ないことも事実なのだ。

  「食の問題として、添加物は一切使用されていないことにこだわりたいというのは、とてもよく分かります。」

  「かといって、保存料なしのフードは添加物の有無以前に危険なフードであることも間違いないのです。」

  「無添加を選びたいなら、1.5倍のコストをかけて缶詰フードにするか、自然保存料を用いたドライフードの製造年月を神経質にチェックして製造日から6ヶ月以内に消費しきるようにするしか方法はないということになります。」

  「考えると色々難しいものですよね。」

  「今言ったようなことを総合的に判断して、何をチョイスするか。飼い主さん一人ひとりの考え方にゆだねるしかないのですよ。」

  「たくま君は無事アレルギーを起こさなかったようですね。」

  そう話しかけると、お母さんはふとわれに帰ったように

  「よく分かりました。じっくり考えてみようと思いますが、コストも大事ですしね。」

と、たくま君の頭をなでた。

  「(難しいことは分からんけど、おいしいフードがいいな;^^)」

とは、無邪気なたくま君の本心なのかもしれない。

(文責:よしうち)
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