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2006年2月のコラム
「リンパ腫」の話(ネコ編)

  「パターン」という言葉は日常の会話でも多用される。日本語で無理にそのニュアンスを表現しようとすると「類型」とか「見本」とか、どうもしっくりと来ない。「君はほんまにワンパターンやな」というのをカタカナ抜きにしては、確かにとても表現できそうにない。人の行動というのはどうもこのワンパターンに陥りがちだ。日常習慣は言わずもがな、「あー、またやってまった」と、ドジるパターンまでいつも同じなのは、われながら情けない。

  「がん」にも、好発部位や好発種、ビヘイビアと呼ばれる生物学的な動態があり、病理組織学的に同じような「がん」は、同じような発生や経過のパターンを持っている。

  ネコのリンパ腫は、ネコに発生する全ての腫瘍の3分の1を占め、縦隔型・消化管型・腎臓型・多中心型・孤立型などのパターンがあり、そのリンパ腫の大きな原因のひとつにFeLV(ネコ白血病ウイルス)がある。生存期間の中間値は,化学療法に反応して完全寛解を得た猫では7カ月、部分寛解を得た猫では 2.5カ月、無反応の場合1.5カ月、FeLV陽性ネコではさらに短くなると言われている。犬と比較してなかなか厳しいデータと言わざるを得ない。

  次のカルテはと手に取ると、日本猫のミースケ君3才。食欲がないとメモ書きがある。さっそく診察室に入ってもらう。

  「どうされましたか?」と話しかけながらキャリーバッグの中のミースケ君を覗き込む。尾翼をヒクヒクさせながらしんどそうな呼吸をしている。呼吸数もずいぶんと多い。

  「おっと、これは良くないですね。」

  「えっ?」という顔のお母さんに、

  「ミースケ君は要力呼吸といって、とても苦しい呼吸をしてるんです。」

  「すぐにレントゲンを撮りたいのですが、よろしいですね?」

  「ええ、もちろん。」というお母さんの声を部屋に残して、

  キャリーバッグごとレントゲン室に直行した。

  心筋症、乳び胸、膿胸、気胸、肺炎、横隔膜ヘルニアなどなど、鑑別診断が頭の中をぐるぐる回る。

  上がってきたフィルムには、挙上した気管と心陰影すら読めないほどの前胸部のマス陰影、胸腔浸出液が認められた。縦隔型のリンパ腫だ。典型的なパターンなのだ。

レントゲン写真
(クリックすると拡大されます)

  年齢から予測していたことではあるが、ウイルスチェックでFeLV陽性と出た。平均発症年齢はFeLV陽性ネコで3才、陰性ネコで7才といわれている。加えて、縦隔型リンパ腫の85%はFeLV陽性とも。

  「白血病ウイルスというのはご存知でしょうか?」

  「ミースケ君は残念ながらそのウイルスに感染していて、そのせいで心臓のすぐ前のところにある前縦隔リンパ節が「がん化」してしまったんです。」

  キョトンとして宇宙語の説明を聞いているようなお母さんに、さて何をどう説明したものやらと頭を悩ませながら、

  「相当厳しい状況です。ウイルスによってがん化したリンパ腺がどんどん大きくなり、がん性胸水といってがんからにじみ出る水が胸にどんどんたまってきている状況なのです。」

  「先生、ミースケはもう助からないのでしょうか?」とお母さん。

  「うーん。統計的な話になりますがFeLV陽性のリンパ腫の猫の生存期間の中間値は3.5ヶ月なんです。もっとも、積極的な治療をしたものから全くそうでないものまでの大雑把な統計です。縦隔型の10%が2年以上生存するという統計もあります。」

  なんて非現実的な説明をしているのだろうと自分を戒めながら、

  「このままではミースケ君は幾日ももちません。まず胸にたまっている水を抜き、がん細胞の増殖を可能な限り押さえ込まねばなりません。」

  「水を抜けば呼吸は楽になりますが、抜いてもまたすぐにたまります。たまってこないようにするには、がん細胞をたたく必要があります。つまり抗がん剤でがん細胞をやっつけるのです。」

  「抗がん治療については、まだまだ説明が必要ですし、それを実施するかどうか、ご家族で話あっていただく必要があるでしょう。そのことについては時間をじっくりかけてお話したいのですが、その前に、呼吸を楽にするために胸の水を抜いてあげたいのです。これだけは待ったなしの状況ですから、やらせていただいてよろしいでしょうか?」

  「その抜いた水の中に異型リンパ球が集塊をなして見つかれば、真に確定診断がつくということにもなります。」

  胸腔穿刺についてはお母さんにもなんら異存はないとのこと。目の前のしんどさから開放させてあげてほしいという希望を強く持っておられた。

  酸素吸入をしながら翼状針を胸壁に刺入する。注射器を引くと胸水がどんどん吸引されてくる。最終的に左右合計110mlの胸水が抜け、険しかったミースケ君の顔が一機に柔和になった。処置室から酸素ケージにミースケ君を移し、お母さんに話しかけた。

  「ひとまず眼前の問題はなくなりました。一息ついたというところです。」

  お母さんもそんなミースケ君の顔を見て、ちょっとホッとされたようだった。

  「またすぐにたまってくるのですか?」とお母さん。

  「そうですね。数日で元のもくあみというのがパターンです。」

  「抗がん治療(化学療法)を実施して、反応がよければ、水がたまらなくなるばかりか、胸の中の大きな塊がどんどん縮小してきます。驚くほど元気になってくれることもあるんですよ。」

  「でもその反対に、抗がん剤に対する反応がほとんどない場合や、骨髄抑制や嘔吐などが激しい場合など、うまく抗がん治療を進められないこともあります。そんなときは厳しいですね。」

  「いずれにしても、治療の目的はミースケ君の苦しさを取り除き、ミースケ君とご家族の皆さんの最後の時間を何とか授かることにあります。」

  「費用もそれなりにはかかってきますし、お母さんの一存でどうするという結論は出せないかもしれませんね。」

  「はい、今晩主人と相談してきます。」とお母さん。

  「それがよいかもしれません。ミースケ君にはきょうはステロイド剤だけを使用しておきます。ステロイド剤もリンパ腫の抗がん治療薬のひとつとしてとても重要なお薬です。それでは少なくとも明日までは酸素室で入院ということでよろしいでしょうか?」

  「よろしくお願いします。」と頭を下げるお母さんの目は真っ赤になり、涙があふれている。

  獣医師としていちばん辛いときでもある。可能なら積極的な治療を選択していただき、もう一度元気なミースケ君をおうちへ帰してあげたいと願うばかりだ。

  翌日、ご夫婦でミースケ君の面会に来られたその場でお父さんが、

  「先生、お願いします。ミースケにもう一度元気さを取り戻してやりたいのです。それが1ヶ月でも2ヶ月でも。このままではかわいそ過ぎますから。。。」

と、抗がん治療を希望された。

  即日、L-アスパラギナーゼ、ビンクリスチンで抗がん治療に入り、COPにドキソルビシンを組み合わせたプロトコルで、最初の3週間は前胸部の腫瘍塊がどんどん小さくなっていった。呼吸も楽になりご家族も大変喜んでおられたが、残念ながら完全に消失することはなかった。そして12週目に再燃。レスキューは成功しなかった。4ヶ月の闘病の後にミースケ君は逝ってしまった。最善は尽くしたつもりだ。

  後日、ミースケ君のお母さんから手紙が届いた。ミースケ君との最後の日々を、きちんと心の整理をつけて迎えられたことをたいへん感謝しておられた。この手紙でお母さんから、真摯に生を見つめることの大切さをあらためて教えていただいた。そしてそのお手伝いをさせていただけたことを、こちらこそミースケ君とその家族の皆さんに感謝したい気持ちでいっぱいになったのだった。

(文責:よしうち)
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